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わがまち港北
わがまち港北
【大倉精神文化研究所】(水彩:髙井祿郎)

当協会評議員の(公財)大倉精神文化研究所の平井誠二先生と林宏美さんが地域を取材して執筆した郷土の情報です。
(毎月更新)

港北区の生涯学習と区民活動を支援する情報紙「楽・遊・学」にも掲載中です。

 シリーズ わがまち港北 第217回
 東京オリンピックで日吉ゴルフコース

明けましておめでとうございます。新年ですので、初夢のようなお話を1つ。

東京オリンピック開催の影響で、日吉に18ホールのゴルフコースが造られるという話です。

平成25年(2013年)9月、2度目の東京オリンピックを2020年に開催することが決まりました。港北区域では日産スタジアムがサッカーの予選会場に予定されていますが、昨年秋からは横浜アリーナが競技会場になるか否かが大きな話題になりました。

最初の東京オリンピックは、昭和39年(1964年)に開催されましたが、実は、昭和15年(1940年)にも東京大会の開催計画があったことを第131回で紹介しました。その頃の話です。以前に、東急電鉄の社内報『清和(せいわ)』を調査していて見つけました。

現在の駒沢オリンピック公園総合運動場は、昭和39年の東京オリンピックに合わせて整備されたもので、五輪後は体育館にメモリアルギャラリーも開設されて、今でもオリンピックの聖地となっています。

実はこの場所、幻に終わった昭和15年の東京大会でも、メイン会場として整備される予定でした。『清和』昭和13年(1938年)7月号(以下、カッコ内は引用文)によると、その土地には、大正3年(1914年)から東京ゴルフ倶楽部(クラブ)が駒沢ゴルフコースを造っていました。これは、「日本人の手によって造られ、日本人の経営の下に、日本人のゴルファーによって占められた」「日本に於(お)けるゴルフの草分け」といえるコースでした。

昭和7年(1932年)、東京ゴルフ倶楽部が埼玉県の朝霞(あさか)へ移転すると、駒沢ゴルフコースは東急(当時は目黒蒲田(かまた)電鉄)が経営を引き継ぎ、パブリックコースとして解放したことにより、ゴルフの大衆化が進みました。

しかし、昭和15年の東京オリンピック開催が決まり、駒沢にメイン会場が作られることになりました。駒沢ゴルフコースは閉鎖せざるを得なくなり、その代替え地として、なんと日吉が選定されたのです!

日吉の新コースは、面積18万坪(59万4,000㎡)の広大な土地に、18ホールを備える計画でした。『清和』によると、場所は「日吉の慶應大学と反対側の高地一帯であって、会社のイチゴ園の少々先の方であり、駅から数町といふ(う)所である」と説明しています。つまり、日吉駅の西側になりますが、駅から日吉地区センターがある辺りまでは、既に分譲地として開発されていましたから、そのさらに西側ということになります。未確認なのですが、現在の慶應義塾大学のグラウンドからサンヴァリエ日吉(元日本住宅公団日吉団地)がある辺りを開発しようとしていたと思われます。

東急電鉄は、株式会社日吉ゴルフ倶楽部を昭和13年7月27日に設立し、この日吉ゴルフコースを所属として、翌年7月頃に完成させる計画を立てます。

表向き、東急電鉄は「第二の駒沢として、従来よりも優秀なコースを造って駒沢を永遠に復活させ、更(さら)に引続いてゴルフ界に貢献しよう」との考えを示していますが、実は「兎角停頓(とかくていとん)し勝ちであった日吉付近発展の口火を切り、これを基礎として、日吉住宅地開発を促進しようとする意図」を持っていました(第55回参照)。

ところが、昭和12年(1937年)に始まっていた日中戦争の暗い影がすぐ近くまで迫っていました。事態は急転します。『清和』7月号が発行された直後の昭和13年7月16日、挙国一致で戦争に臨む政府の意向を受けたオリンピック委員会は、東京オリンピックの開催返上を発表しました。なんと、日吉ゴルフ倶楽部設立総会のわずか11日前のことです。さらに、戦費調達を目的として、昭和12年9月に施行されていた臨時資金調整法が13年8月に改正強化され、設備資金の供給も抑えられてしまいます。

オリンピックの中止により、一転して駒沢ゴルフコースの存続が決まり、日吉ゴルフコースの造成は中止されました。『清和』昭和14年(1939年)3月号によると、すでに募集登録していた日吉ゴルフ倶楽部の会員700人には、駒沢ゴルフコースを使用させることとし、ほとんど九分(くぶ)通り売買契約が纏(まと)まっていた日吉の土地は、「資金調整法が解けた時、直(ただち)に建設工事に着手する予定」と記しています。

しかしその一方で、慶應義塾大学は昭和13年9月20日に下田の土地19,800坪余の購入を決め、昭和15年に野球場を開設します(第196回参照)。これは、夢に終わったゴルフコースの跡地開発だったのでしょうか? この謎解きが筆者の夢です。 

記:平井 誠二(公益財団法人大倉精神文化研究所研究部長)

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